石松研究室
海洋酸性化が海洋生物に与える生理学的影響
大気中の二酸化炭素濃度は産業革命当時の280ppm (0.028%) から2010年現在で380ppm (0.038%) へと急速に上昇しています。酸素が空気中に約21%含まれるのと比べると、二酸化炭素の濃度はごく僅かですが、その二酸化炭素が石油・石炭の燃焼などによって増加することによって、地球の気候が急速に変化しようとしています。二酸化炭素の増加による温暖化は良く知られていますが、もう一つ特に最近大きな注目を集めている二酸化炭素による環境変化があります。それが海洋酸性化とよばれる現象です。二酸化炭素は酸素と比べて約30倍も水に溶けやすく、海洋の表面を通して海水に溶解し、炭酸を生成することによって海水のpHを低下させていることが知られています(海洋酸性化)。産業革命以降、世界平均で海洋表層水のpHは0.1下がったと考えられています。しかし、海洋酸性化が海にすむ様々な生物にどのような影響を与えるのかについては、まだほとんどわかっていません。私達は、今世紀末に予想される二酸化炭素濃度(最高で1000ppm = 0.1%)を持った空気を海水中に吹き込んで魚類やエビ、二枚貝、ウニなどを飼育しその影響を様々な角度から調べています。1000 ppmのCO2濃度を吹き込まれた海水のpHは8.1 (現在の海水pH) から7.8へと0.3低下します。僅か0.3のpHの低下が実は海洋生物に大きな影響を与える可能性があることを、私達の研究は明らかにしつつあります。
(1) 日本沿岸に広く生息するイソスジエビを1000 ppmの条件下で30週間飼育したところ、約半分が死亡し(対照区の生残率は90%)、成長も抑制され(特にメス)、抱卵にも影響があることを示す実験結果が得られています。また、1000 ppmで飼育したイソスジエビは30週間後には触覚が異常に短くなっていました(対照区の3分の1, 論文 Kurihara et al. 2008 J. Exp. Mar. Biol. Ecol.)。
(2) 2000 ppm (300年後に予測される大気中二酸化炭素濃度)では、マガキやムラサキイガイの初期発生に劇的な悪影響があり、マガキでは正常な貝殻をもつ幼生にほとんど育ちませんでした(実験区5%; 対象区70% 論文Kurihara et al. 2007 Aquat. Biol.)。ムラサキイガイでも殻の形成に形態異常がほぼ100%の個体で見つかりました(論文Kurihara et al. 2008 Aquat. Biol.)。
(3) しかし、二酸化炭素に強い生物ももちろんいます。動物プランクトンの一種Acartia tsuensisは、2380 ppmの環境で3世代飼育をしても、観察した全ての項目(生残・成長・抱卵数・孵化率など)で影響が見られませんでした(論文 Kurihara et al. 2008 Mar. Poll. Bull.)
さらに、問題は海洋酸性化が水温上昇と同時に起こった場合に生物がどのような影響を受けるかです。これについては、現在投稿中のバフンウニを使った実験で、CO2単独(1000 ppm)だと卵巣の発達が1ヶ月遅れること、さらに水温2℃の上昇と組み合わせると卵巣の発達が遅れるばかりでなく、卵巣の中の卵の数が80%も少なくなることがわかりました(Kurihara et al. 投稿中)。
このように海洋酸性化と海洋温暖化は将来の海洋生態系に深刻な影響を及ぼす可能性があります。また漁業や養殖業への影響も懸念されます。わたしたちは海洋酸性化と温暖化の生物影響を明らかにすることに全力を挙げて取り組んでいます。
南極オキアミ
ムラサキウニの酸性化影響実験
学生の学会発表